北海道の概要
北海道は四方を太平洋、日本海、オホーツク海に囲まれ、雄大かつ変化に富む山岳、広大な湿原、美しい景観の天然湖沼などにより形成されています。
古くからアイヌの人々が住み、独自の文化と歴史を持って自然の恵みを中心とする生活を送っていました。明治時代になってから本格的な開発が進み、北海道は築き上げられました。
北海道のあゆみ
北海道には数万年前の氷河期にシベリアから人類が渡り、温暖となってからは本州からも渡来したようで、旧石器時代を経て土器を中心とした縄文文化が広がりました。本州以南は多数の渡来人が移住することで弥生時代を迎えますが、北海道には弥生文化が伝播せず縄文文化が続きます。やがて12世紀ごろには鉄器を持ち、狩猟のほかに農業、漁労を営むアイヌ文化に成熟しました。
奈良時代、平安時代には出羽国と交易を行ない、当時の住民は東北地方北部の住民と同じく蝦夷(えみし)と呼ばれていました。両者は同一民族で、北海道側の蝦夷が後の蝦夷(えぞ)、現在のアイヌの先祖だと考えられています。
中世以降、北海道の住民は蝦夷(えぞ)と呼ばれ、北海道の地は蝦夷が島、蝦夷地(えぞち)等、様々に呼ばれていました。古代の蝦夷(えみし)は農耕も生活の柱としていましたが、次第に狩猟・漁業に特化し、米や鉄等を日本人(和人)との交易で得るようになります。
また、鎌倉時代以降になると、後の松前藩や和人地の基礎となった渡党の活動が見られるようになりました。室町時代には渡島半島の南端に和人が道南十二館を築き居住地(和人地)を設け、戦乱を避けて移住する者が増えると、現地のアイヌとの間に対立が起きるようになります。
江戸時代後期からは、シベリアからロシアが領土を広げつつ日本と通商を求めるようになり、鎖国を維持しようとする日本と北海道近辺で接触しました。ロシアの脅威に対する北方防備の必要を認識した江戸幕府は、最上徳内、近藤重蔵、間宮林蔵、伊能忠敬といった者に蝦夷地を探検させ地理的な知識を獲得し、蝦夷地を統治するに至ります。
明治元年(1868年)に新政府は蝦夷地に箱館裁判所を置くことを決め、すぐにその名を箱館府と改めました。函館戦争が起こり、蝦夷地はすぐには新政府の下に統一されませんでしたが、榎本武揚総裁の五稜郭の降伏後、蝦夷地は明治2年(1869年)に北海道と改称され、11国が置かれました。
近代になると、第二次世界大戦の復員兵や、旧植民地からの帰還者の受け入れ先として北海道が注目され、人口が急増することになり、農産業が発達していったのです。
北海道の名前の由来
幕末の探検家として名高い松浦武四郎が名付け親とされています。明治2年に道名に関する意見書を提出し、6つの道名候補をあげました(日高見・北加伊・海北・海島・東北・千島)。このうち、「北加伊道」の「加伊」を「海」と変更して「北海道」となったとされています。
 |
 |
 |
 |
| 北海道の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓ |
北海道開拓記念館 |
| 住所: |
〒004-0006
北海道札幌市厚別区厚別町小野幌53-23 [地図を見る] |
| 電話番号: |
011-898-0456 |
| 開館時間: |
9:30〜16:30(入館は16:00まで) |
| 休館日: |
月曜日、祝日、年末年始 |
| 入館料: |
一般 500円(団体 400円)
高校・大学生 170円(団体 130円)
小中学生 無料 |
|
 |
 |
 |
 |
|
 |
|